中山道 塩名田宿にて
【 黒く塗られた白壁 】 画像クリック 拡大
太平洋戦争末期、主要都市を焼き尽くす米軍の空襲はさらに激しさを増し、地方への空襲が現実になりつつあった。 人々は、村や町が空襲の目標とならないよう、住居や土蔵の白壁を煤で真っ黒に塗ったという。 国の指示命令であったようである。
戦後70年、それは長い歳月の中で退色したり、崩落部分は白く修復されていたりするが、その痕跡は今もはっきりと見てとれる。 身近にある戦争の記憶 ―― この古い通りでも7件ほどの例が見られる
(5 July 2015 長野県佐久市 中山道 塩名田宿)
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