看板
島崎藤村著 『千曲川のスケッチ』 より
私は外出した序に時々立寄って焚火にあてて貰う家がある。鹿島神社の横手に一ぜんめし、御休処、揚羽屋とした看板を出してあるのがそれだ。
―― そこは下層の労働者、馬方、近在の小百姓なぞが、酒を温めて貰うところだ。 こういう暗い屋根の下も、煤けた壁も、汚れた人々の顔も、それほど私には苦に成らなく成った。 私は往来に繋いである馬の鳴声なぞを聞きながら、そこで凍えた身体を温める。 荒くれた人達の話や笑声に耳を傾ける。 次第に心易くなってみれば、亭主が一ぜんめしの看板を張替えたからと言って、それを書くことなぞまで頼まれたりする。
(フォトスケッチ : 13 December 2011 長野県小諸市 大手町)
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