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2020年3月28日 (土)

山犬伝説

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【生家伝・山犬伝説】        (山犬 = 二ホンオオカミ)   

 これは信州塩田平の生家に伝わるお話しです。
 昔、野倉村に親戚があった。 この親戚で婚礼のお呼ばれがあり、四郎左衛門は馬を連れて出席した。 野倉村は山の上の集落で、二十三丁(2500m)ほどの道のりだが、途中は急な山道で鬱蒼とした深い森があったという。
 祝宴は夜遅くまで続き、すっかりご馳走になった四郎左衛門はご馳走がいっぱい入った折詰を戴いて、提灯を片手に馬にまたがり帰路についた。 ところが、山道を下って真暗な森にさしかかったとき 「ウォー」 という声に、馬がびくっとして歩みを止めた。 提灯をかざすと、仄暗い灯りの中に十数匹の山犬が今にも飛び掛かりそうな体勢で唸り声をあげていた。 四郎左衛門は慌てず、静かに馬から下りると山犬に向かって穏やかに話しかけた。
 「山犬たちよ、わしは見ての通りの老いぼれじゃ、あと一、二年もすればお迎えがきて地蔵堂の墓所に埋葬されるだろう。 そうしたら掘り起こして食べてくれ、今日はここにご馳走を置いていくので襲わないでくれ」 と言いきかせて、馬にまたがり一目散に帰ってきたという。
 その後、このことを家族に話し 「わしが死んで地蔵堂の墓所に葬られると、山犬たちがきて掘り起こすだろうから、地蔵堂の先祖の墓所がよく見える権現山の南斜面に埋葬してくれ」 と頼んだという。 家族は云われたとおり権現山に埋葬し、そこに謂れを刻んだ墓碑をたてたという。

 権現山の墓碑には四郎左衛門の戒名と没年が、裏面には 「○○四郎左衛門  右先祖之石位在地蔵堂……安永八亥春……」と、謂れが刻まれています。  安永八亥の年と云えば今から240年余り前のことになります。 子どもの頃、年の暮れの28日にシメ飾りを持参し墓碑にお詣りするのが私の役目でした。  代々、神として祀ることで山犬にさとられないようにしていたのかも知れません。
  『上田小県史』 によれば、この地方の山犬(二ホンオオカミ)は明治33年前後に急激に数を減らし、大正9年には絶滅したとあります。 他の県では明治38年に奈良県で確認されたのが最後とされていますが、今でも全国の山中深くオオカミを見たとの情報が話題になることがあります。 日本には山犬を神として崇める信仰があり、人と山犬との関わりが種々民話となって伝わっています。 

フォト:21 March 2004  長野県上田市 塩田平)

こちらのブログ記事もご覧ください山の集落(野倉)

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