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2007年2月20日 (火)

越後 出雲崎にて

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【越後 出雲崎にて】

 良寛は、若い貞心尼に見守られて大往生をとげたという。 享年七十四歳、その傍らには未完の歌が残されていたという。
   「ふる雪の ふる雪の 積むとはなしに その雪の そのゆきの ……」
 越後 出雲崎、良寛堂のある漁師町は、冬にはめずらしく ゆったりとした波音がしていた。

(17 February 2007 新潟県三島郡 出雲崎町にて)

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コメント

直線でできた街の
浜に寄せる波もまた真っ直ぐに見え。

どう雪ながめていたのか 良寛
儚さ重ねていたのか自分と。 

投稿: ルカ | 2007年2月20日 (火) 21:43

ルカ様  あの良寛さんが貞心尼さんと歌を交わしていたといいます。何かホッとする心持ちがします。 

投稿: 蒼山庵 | 2007年2月20日 (火) 22:46

穏やかな海を見ると、ほっとします。冬は荒れますからね、日本海は。出雲崎から佐渡は見えますか・・・そろそろ帰郷しようと思っていたところでした。

投稿: なずな | 2007年2月21日 (水) 00:19

なずな様  芭蕉の”荒海や 佐渡によこたふ・・・”の出雲崎。正面に大きく見えるという佐渡島は残念ながら水平線とともに霞んでいました。近くの寺泊港からは佐渡汽船の船が出ていました。佐渡が故郷ですか・・・

投稿: 蒼山庵 | 2007年2月21日 (水) 07:00

そうなんです。越後の海が見れて嬉しいです。 船窓から見る汀の佐渡は、山に残雪がある頃が好きですね。

投稿: なずな | 2007年2月21日 (水) 08:36

懐かしい風景が出てきてびっくりしました。
30年前寺泊から上越の柿崎まで仕事のエリアでした今でも冬の海岸線での苦労を夢見ることがあります。出雲崎は私がうろうろしていた頃は海岸線の立派な道路がなく、町が一望できる高台から眺めた冬の町は家の中でひっそりと紙風船の内職をしている町そのものでした。
お盆にはこの高台のお墓には灯明がともされ真っ暗ななかに炎が不気味に揺れているのをいまでもはっきりと思い出します。

投稿: ヘンゼル | 2007年2月21日 (水) 10:18

なずな様 初めて海を見たのは小学6年の修学旅行、柏崎の海でした。 宿泊したのは鯨波の、確か北冥館という高台の旅館。水平線、潮騒、汐のかおり、灯台の光り、遠くに見えた佐渡島。 信州の、当時の子ども達にとってはみんな初体験でした。

投稿: 蒼山庵 | 2007年2月21日 (水) 18:40

ヘンゼル様  そうですか、越後でご苦労なさっておられたのですか。 海岸沿いの道はすっかり新しくなっています。写真の高台は 「夕日ヶ丘公園」 と呼ばれ、新潟県の景観100選・第一位 (日本海と佐渡島の眺望) とのことです。 過ぎし日、はるかなりといったところでしょうか。

投稿: 蒼山庵 | 2007年2月21日 (水) 19:02

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