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2006年3月17日 (金)

Photograph 1926

PA040461

【Photograph 1926】
 1926年9月、アメリカ合衆国ユタ州ガーランド。 先生と23人のこどもたち、その
中にオカッパ頭の日本人の少女(中列・右から2人目)がいる。
 少女の名は Kiyoko Akagi  6歳、小学校入学時の写真である。

 時代は、第一次大戦から8年、主戦国の一つであったアメリカや、戦場となった
欧州にようやく平和と落ち着きがもどり、日本は大正ロマンチシズムのなかにあっ
た。 だが、やがて起こる経済恐慌、列強の対外政策をめぐる確執、ナチスドイツ
の台頭 ――  戦争の影は静かに再びしのび寄ろうとしていた。
 帰国後、莉発で美しく成長した彼女は、師範学校をでると、単身、満州国の首都・
新京に赴任する。当時の国情と外国育ちの彼女にしてみれば、それはごく普通の
選択であったに違いない。同じこの地で教師をしていた私の叔父と出会い結婚する
が、平穏な日々は長くはなく、やがて二人は大戦争の渦の中に呑み込まれていく。

  2003年秋、叔母の一年忌法要でこの写真を見たとき、この小さなこどもたちに
限りない “ いとおしさ ”を覚えた。 こどもたちの進んだ先にあったのは、あの戦争
という不幸以外、考えられなかったからだ。

                                                              (4  October  2003   東京都港区)

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