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2006年2月23日 (木)

帝國中牛馬会社

06223_2779 「 帝國中牛馬会社・小山五左衛門 」 と印された看板。 小諸市与良町・旧北国街道の通り。 町並整備の一環として、かつて、その場所にあった会社名を標した歴史看板のようです。

  「中牛馬」。 不思議な言葉ですが、江戸時代、宿駅問屋制度による公的運輸のほかに、農民による、牛馬を使った請負運輸があり、これを 「中馬(ちゅうま)」 と呼んでいたようです。
 三州街道(伊那街道)では、信濃の特産物や東海地方の塩、海産物など、生活物資の輸送に、一日千頭をこえる中馬の往来があったと伝えられていますが、佐久地方では、正式の中馬は許可されていませんでした。
 明治になって、宿駅問屋制度が廃止になると、それに代わる 「中牛馬会社」が全国で設立されました。 「中牛馬(ちゅうぎゅうば)」 は、いわば当時の業界用語であったわけです。
 それにしても、大日本帝國の、帝國の二文字を冠にいただく、この社名は、この地方の運送業を担った人々の意気込みが感じられ、興味深いものがあります。

                    (平成18年2月23日 長野県小諸市 与良町)

●桜井夫妻からメールがありました。 中馬に係る歴史や文化は、ミュージアムパーク 「伊那谷道中(長野県飯田市)」 へ行くと、詳しくで展示されているとのことです。 中馬の語源は、手馬、通馬、賃馬、中継ぎ馬など諸説があるようです。

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