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2006年1月12日 (木)

蚕都の記憶 (繭倉)

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【 蚕都の記憶 (繭倉)】

 長野新幹線の上田駅の近くに、旧製糸会社の大きな “繭倉” が残っています。 上田を中心とする上田小県地方はかつて一大養蚕地帯でありました。 上田蚕糸専門学校(現信州大学繊維学部)、小県蚕業学校(現上田東高校)といった、蚕種・養蚕・製糸の専門学校が置かれ、街には製糸場の大きな煙突が並んでいました。
 塩田平の私の生家も養蚕農家でした。父親が学校の教師をしていましたから、養蚕や日々の農作業のほとんどは母親が切り盛りをしていました。 それはたいへんな労力で、時々作男の人がきておりましたが、私たち子供もそれはもう懸命になって手伝ったものでした。 春蚕(はるご)そして夏蚕(なつご)――  桑を食むあの細雨のような音が、今でも耳の奥底で聞こえるような気がします。
 先日、会議があって旧製糸会社であった会社へ出向きました。 初秋の陽射しの中に ”しだれ桑” の並木が美しく、白壁の大きな繭倉が往時を物語るかのようにそびえていました。  この地方に近代化をもたらし、今に続く諸産業の発展のもとを築いた養蚕、製糸に携わった人々の気概を感じます。

 (Photo .: September 2003 長野県上田市 笠原工業(株)にて)

 この大きな繭倉は現在、製品倉庫として使用されています。旧製糸会社であった会社はバイオテクノロジー・化学・電子の分野で海外へ広く事業を展開しています。
 農林水産省の平成12年度統計は、長野県の養蚕農家は僅か196戸と伝えています。

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